短期商用ビザ・就労系ビザ

はじめに

日本と海外企業とのビジネスが活発化するにつれ、「短期商用ビザ(短期滞在ビザ)で契約を結ぶことはできるのか?」という疑問を抱く方が増えています。
一方で、短期滞在(短期商用)と「就労ビザ」の区別が曖昧なまま来日してしまい、トラブルに発展するケースも散見されます。そこで本記事では、行政書士としての実務経験をもとに、短期商用ビザでの契約締結は可能なのか、また契約調印をめぐる判例はあるのかなどのポイントをわかりやすく解説します。


目次

  1. 短期滞在ビザ(短期商用)とは?
  2. 契約締結が可能とされる理由:就労との違い
  3. 短期滞在で契約締結するときの注意点3つ
  4. 短期商用ビザ申請時に用意すべき書類
  5. 在留資格「短期滞在」と就労系ビザの違い
  6. 短期滞在ビザでの契約調印に判例はある?――裁判例が少ない理由
    • 6-1. 判例がほぼ存在しない背景
    • 6-2. 不法就労事案の裁判例とは異なる
    • 6-3. 行政実務で確立されている運用
  7. まとめ:短期商用ビザでの契約締結はOK。ただし準備が大切

1. 短期滞在ビザ(短期商用)とは?

● 在留資格「短期滞在」の基本

在留資格「短期滞在」は、日本の入国管理法に定められた在留資格のひとつで、最長90日までの短期間における「報酬を伴わない活動」を対象としています。観光、親族訪問、会議・講習会参加など、多様な目的に利用されますが、その中でもビジネス目的で利用されるのが「短期商用ビザ」です。

● 認められる活動とは?

短期商用ビザで想定される活動は、主に以下のような例が挙げられます。

  • 商談、契約交渉、契約締結(調印)
  • 市場調査、見本市・展示会の視察
  • 会議、セミナー、講習会への参加
  • 短期間の社内研修(報酬を伴わない場合)
  • 業務連絡、顧客訪問、アフターサービスの確認

いずれも、日本国内で直接労働の対価として報酬を得る行為ではなく、あくまで「海外企業に所属する人が短期滞在で行う活動」と位置付けられます。


2. 契約締結が可能とされる理由:就労との違い

● 就労とは何か?

入国管理法上、「就労活動」とは**「報酬を受ける活動」**と定義されます。日本で労働に従事し、その対価として賃金や給料などを受け取る場合は、原則として「就労ビザ」(例:技術・人文知識・国際業務、経営・管理など)が必要です。

● 契約締結そのものは報酬を伴わない

一方、「海外企業に所属する社員が短期間来日して、契約交渉や締結を行ったあと帰国する」場合、日本国内で対価を受け取るわけではないため、就労活動には該当しません。

  • OKな例:海外法人と日本企業が新規取引契約を結ぶために社員が来日。契約書に署名後、海外に戻る。
  • NGな例:短期滞在ビザで入国後、日本企業でフルタイム労働し、給与を受け取る。これは就労活動とみなされ不法就労になる。

つまり「契約書へのサイン」や「商談」自体は、就労ビザなしでも認められる短期商用の範囲に含まれると解釈されているのです。


3. 短期滞在で契約締結するときの注意点3つ

では実際に、短期滞在ビザ(短期商用)で契約調印を行う際、どのような点に気を付ければよいのでしょうか。代表的な注意点を3つ挙げます。

1)契約内容に実質的な労働が含まれていないか

契約そのものは問題なくても、実際の契約内容が「日本企業の常駐勤務」や「長期労働」を前提にしている場合は注意が必要です。契約締結後も継続的に日本で働くのであれば、本来は就労ビザを取得して入国すべきです。

2)報酬の支払い元を確認

「海外法人からの給与のみ」「日本側が旅費や宿泊費を精算する程度」であれば、短期滞在の範囲内です。しかし、日本企業から直接給与や賃金が支払われる形態であれば、実質的に就労とみなされる可能性が高まります。

3)入国審査で「商用目的」をはっきり説明できるか

空港の入国審査で、「日本で何をするのか?」と質問を受けることは珍しくありません。短期商用目的が明確に示せるよう、出張命令書や日程表、招へい状などを準備しておくと安心です。契約調印が目的である場合は、その点を正直に伝えましょう。


4. 短期商用ビザ申請時に用意すべき書類

短期商用ビザを在外公館(日本大使館や領事館)で申請する場合は、国籍や渡航目的、招聘先企業の有無などで若干異なりますが、一般的に以下の書類が求められます。

  1. ビザ申請書
    • 在外公館指定の用紙またはオンライン入力フォームに従います。
  2. パスポート(有効期限要チェック)
    • 帰国時まで有効な残存期間が十分にあること。
  3. 写真
    • 所定のサイズや背景色が決まっている場合が多いので、要確認。
  4. 在職証明書や出張命令書
    • 申請人が海外法人に所属していること、そして商用目的で来日することを証明。
  5. 日程表・招へい理由書
    • 「いつ、どこで、どんな活動をするのか」を具体的に記載し、商用目的であることを明確化。
  6. 旅程表や帰国便の予約確認書
    • 短期間で出国する意思があることを示すためにも有用。
  7. 身元保証書(必要に応じて)
    • 日本側の企業が滞在を保証する場合に提出することがあります。

これらの書類を整備しておけば、「契約締結を含む商用目的での短期滞在」という点をスムーズに証明しやすくなります。


5. 在留資格「短期滞在」と就労系ビザの違い

短期商用ビザは名前のとおり「短期」であり、「就労行為」を認めていない点で、就労系ビザとは大きく異なります。

  • 短期商用ビザ(短期滞在)
    • 期間:最大90日
    • 報酬:海外法人から支払われる給与のみ。日本企業から直接の報酬は不可。
    • 目的:契約交渉や締結、業務連絡、視察、会議など。
  • 就労系ビザ(例:技術・人文知識・国際業務、経営・管理 など)
    • 期間:1年、3年、5年など活動内容によって異なる
    • 報酬:日本企業から給与支給あり
    • 目的:日本企業に就職、役員として会社経営など継続的に働く行為。

もし日本で一定期間以上にわたり勤務する予定があるなら、はじめから就労ビザの申請を検討してください。短期滞在ビザで入国し、後から在留資格を変更しようとしても、入国管理局の審査で「そもそも短期商用は正規の目的ではなかったのでは?」と不利に扱われるリスクがあります。


6. 短期滞在ビザでの契約調印に判例はある?――裁判例が少ない理由

「短期滞在ビザ(短期商用)で契約を締結しても大丈夫なのか?」という問題について、裁判所で争われた事例を探している方もいらっしゃるでしょう。しかし、実は契約調印を正面から争点とした判例(確立された裁判例)は、ほとんど存在しないといえます。ここでは、判例が少ない背景と、参考になりそうな事例の傾向について解説します。

6-1. 判例がほぼ存在しない背景

● 行政レベルで解決されるケースが多い

短期滞在ビザの活動範囲をめぐる問題は、まずは出入国在留管理庁(旧:入国管理局)の審査や行政手続きで処理されることが多く、裁判まで発展する例が限られています。

  • 入国審査で「契約調印は短期商用の範囲」と認められれば、上陸不許可などの紛争は起こりにくい。
  • もし問題となる場合も、「不法就労」や「資格外活動」が疑われるレベルのケースが多く、契約締結自体よりも「実際は長期就労していた」等が主たる争点になりやすいのです。

● 裁判例になりやすいのは不法就労の事例

実務で裁判まで争われるのは、短期滞在ビザを偽装して実質的な就労を行っていた場合などがほとんど。これは「契約締結の是非」ではなく、「不法就労」や「在留資格詐称」が争点です。結果として、裁判所は「短期滞在の範囲を逸脱して就労していた」と判断し、退去強制や在留資格取消を正当化する判決を下すことが多くなります。

6-2. 不法就労事案の裁判例とは異なる

「短期滞在で入国した外国人が飲食店や工場でフルタイム労働し、対価を受け取っていた」というような不法就労事案は、確かに多数の裁判例があります。しかし、これらの判例で争点となるのは、

「短期滞在の資格で就労活動をしていた」→「それは法律違反かどうか」

という点です。つまり、「契約締結だけなら認められるかどうか」という話とは全く違う争点で裁かれています。
「契約行為そのものを理由に有罪や退去強制になった」という判例は見当たらず、契約調印が問題視されるよりも、長期・継続的な労働や報酬受領が問題となるケースが圧倒的に多いのです。

6-3. 行政実務で確立されている運用

短期商用ビザに関しては、法務省や出入国在留管理庁のガイドライン・通達等において、「商談・契約交渉・契約締結・業務連絡」などは短期滞在の範囲と明示されています。これが行政実務上も一貫して運用されてきたため、わざわざ裁判所で争う必要がなかったという事情があります。
つまり、「契約締結=短期滞在ビザで可能」という解釈が、判例ではなく実務(行政レベル)で固まっているのです。


7. まとめ:短期商用ビザでの契約締結はOK。ただし準備が大切

  • 結論:短期滞在ビザ(短期商用)で契約調印を行うことは、法律上・行政実務上ともに認められています。
  • 理由:契約締結自体が「報酬を伴う就労活動」には該当しないと解されているため。
  • 判例について
    • 契約締結を正面から争点とした裁判例はほとんど見当たらない。
    • むしろ「不法就労」をめぐる裁判例が多く、契約行為そのものが問題となった事案は確認されていない。
    • 行政実務で「契約締結は短期滞在の範囲」と判断されるため、裁判まで発展しにくい。

● 手続き・実務のポイント

  • 出張命令書や日程表など、商用目的が明確な書類を準備
  • 日本企業から給与を受け取る形態は避ける(海外法人からの支給に留める)
  • 予定外に長期の労働をしなければならなくなった場合は、早めに就労ビザを検討
  • 入国審査では「契約締結のために来日した」ことを正直に伝える

短期商用ビザは、日本での出張や契約交渉をスムーズに行える便利な在留資格です。正しく手続きを踏めば、契約締結に関して特に問題視されることはありません。ただし、本来は長期間にわたる就労が想定されているのに安易に短期滞在で入国すると、後々の在留資格変更が難しくなったり、審査で不利になるリスクがあります。
計画的に正しい在留資格を取得するよう心がけ、スムーズに国際ビジネスを進めていきましょう。もし不明点があれば、行政書士や弁護士など入管手続きの専門家に相談するのが安心です。


参考情報

  • 外務省ウェブサイト:ビザ(査証)情報
    – 国籍や目的別に必要書類・最新の要件を確認可能
  • 出入国在留管理庁ウェブサイト
    – 在留資格や審査基準、手数料などの基礎情報
  • 行政書士や弁護士など専門家のサポート
    – 複雑な事例やケースバイケースの判断が必要な場合に相談可能

以上が、短期商用ビザで契約締結をする際のポイントと、判例事情を含めた解説です。短期滞在ビザは報酬を伴わない商用活動に幅広く対応しているため、上手に活用すれば国際ビジネスの促進につながります。ぜひこの記事を参考に、正しい在留資格のもとでスムーズな契約交渉・契約調印を実現してください。