はじめに
高齢化社会の進展に伴い、独居で生活する高齢者の方が増えています。独り暮らしをされているご高齢の方は、家族が同居している場合と比べて、振り込め詐欺や特殊詐欺の被害に遭いやすいといわれています。その理由は、いざというときに相談できる人が近くにいないことや、詐欺の加害者側が「狙いやすいターゲット」と見て継続的に連絡を入れてくることが挙げられます。
今回は、独居の高齢の母親のところに振り込め詐欺の電話がかかってきたケースを例に、詐欺から財産を守るためにはどのような対策が考えられるのか、そしてその際に成年後見制度や家族信託(民事信託)がどのように役立つのかを検討します。「任意後見契約の限界」と「家族信託(民事信託)の活用法」を、できるだけわかりやすく解説していきます。
1.独居の高齢の母親に振り込め詐欺の電話がかかってきたケース
1-1.状況の把握
- 母親の年齢・状況
母親は90歳を超えており、軽度の認知症がある。しかし、いまだに買い物や食事などの日常生活はなんとか自力でこなせる程度の判断能力はある。 - 詐欺の電話の手口
「○○だけど、今すぐお金が必要なんだ」「医療費の還付金があるので、口座情報を教えてほしい」など、巧妙な話を何度も電話で持ちかけてくる。母親は「息子かもしれない」「行政機関の人かもしれない」と思い込み、ついつい詳しい個人情報を話してしまったり、お金を振り込もうとしてしまう。 - 相談者の立場
離れて暮らしている息子・娘が「母が詐欺に遭っているかもしれない」と気づき、不安になって相談に来る。あるいは、以前に母親が詐欺の被害に遭い、もう二度と同じ目に遭わないようにしたいと考えている。
1-2.考えられる被害の深刻化
- 金銭被害の累積
一度振り込め詐欺に遭うと、詐欺グループ側は「この相手は落としやすい」と判断して何度も狙いを定めると言われています。数十万円、数百万円単位で被害が大きくなるリスクがあります。 - 精神的ダメージ
高齢の母親は、「まさか自分が騙されるはずはない」と思っている方が多いのですが、振り込め詐欺の犯人は巧妙な話術で不安を煽ります。騙されたことを知ったときのショックだけでなく、「誰にも言えない」「もう恥ずかしくて相談できない」といった心理的苦痛を抱えることが多く、結果的に生活の質が著しく低下してしまう恐れがあります。
2.「任意後見契約」で詐欺は防げるのか?
2-1.任意後見制度の仕組み
任意後見制度とは、本人が元気なうちに「将来自分の判断能力が低下したら、この人(任意後見受任者)に財産管理や身上監護をお願いしたい」と決めておき、契約書を公正証書で作成しておく制度です。判断能力が不十分となった時点で家庭裁判所に申し立てを行い、選ばれた任意後見監督人の下で任意後見人が職務を開始します。
- メリット
- 自分が信頼している人に将来のサポートをお願いできる。
- 終活や介護への備えとして安心感がある。
- 身上監護(施設や病院との契約など)をきちんと行える。
2-2.任意後見契約の限界
しかしながら、任意後見契約はあくまで「判断能力が著しく低下した後」に実効性が出る制度です。軽度の認知症であっても、まだ「日常生活に支障がない」程度の場合、家庭裁判所が「任意後見を開始するほどの判断能力低下は認められない」と判断する可能性が高いのです。そうなると、実際に後見人が動き出す前にまた詐欺被害に遭う恐れがあります。
また、仮に任意後見が開始したとしても、本人がキャッシュカードを持っていればATMからお金を下ろせてしまう以上、詐欺の電話を止められない限りは被害を完全に防ぐことは困難です。任意後見人には本人の財産管理を行う法的権限がありますが、振り込みを実行しようとする瞬間まで物理的に介入するのは簡単ではありません。
3.今できる現実的な対策
3-1.通帳やキャッシュカードを家族が預かる
もっとも手軽な方法として、まずは独居の母親から通帳やキャッシュカードを預かるという対策が考えられます。母親の同意を得て、必要な金額だけ家族が管理して定期的に渡すという方法です。
- メリット
- 詐欺電話がかかってきても母親は自由に大金を引き出せない。
- 手続きは簡単で、費用はかからない。
- デメリット
- 母親が「また自分でカードを作り直す」「手元に通帳を置いておきたい」となった場合に対抗できない。
- 法的拘束力があるわけではないので、母親が怒ってしまったり、後日「勝手に通帳を取り上げた」とトラブルになる可能性も否定できない。
3-2.振り込め詐欺防止の電話機やサービスの導入
電話機に録音メッセージを流す「振り込め詐欺防止機能付きの電話機」や、自治体や警察が提供する「見守りサービス」などを利用し、不審な電話をシャットアウトする方法も考えられます。
世田谷区などでは、「自動通話録音機」を無料で貸し出すサービスを実施しています。こうしたサービスの申し込みをぜひご検討ください。
- メリット
- 詐欺グループからの電話を自動的にブロックしたり、録音すると事前に警告したりできる。
- 独居の母親への電話の着信履歴や録音内容を、家族が後でチェックできる。
- デメリット
- 母親が操作に慣れていないと、通常の電話まで拒否してしまいかねない。
- 電話番号が変われば対応できないケースもあり、完全に詐欺をゼロにするわけではない。
4.家族信託(民事信託)の活用
より本格的に財産を守りたい場合は、民事信託(家族信託)を検討するのが有効なケースがあります。独居の母親が振り込め詐欺に繰り返し狙われ、被害に遭うリスクが高いのであれば、根本的に母親の財産を管理する権限を別の人(受託者)に移すという選択肢です。
4-1.家族信託の仕組み
- 委託者(財産の持ち主):ここでは高齢の母親
- 受託者(財産を管理する人):子や親族など信頼できる家族
- 受益者(利益を受け取る人):通常は母親本人(委託者と同一)
信託契約を結ぶと、不動産や預貯金などの財産の「名義」が受託者名義に変更されます。賃貸物件の家賃収入や銀行預金などを「信託口口座」で管理し、母親が勝手に大金を引き出せない仕組みを整えることが可能です。
4-2.詐欺被害を防ぎやすい理由
- 財産を実質的に隔離できる
もし母親が「騙されてすぐに振り込んでしまう」タイプであっても、信託の設定により母親本人の手の届かない名義(受託者名義)へ移しておけば、詐欺グループに誘導されても大きなお金を動かせません。 - 契約書で詳細を定められる
「1か月あたりの生活費は○万円まで」「医療費や介護費用は受託者が支出を決定する」など、細かいルールを設定できます。その結果、振り込め詐欺犯が母親を丸め込んでも「それ以上の金額は動かせない」状態を作り出すことが可能です。
4-3.家族信託導入の注意点
- 手続きの複雑さ・専門家のサポート
家族信託は契約書の作成、公正証書の作成(必要に応じて)、登記手続きなど、やや複雑なプロセスを伴います。公証人は契約の成立を公正証書にするのが職務であり、契約の内容をゼロから作ることはできません。信託の設計は身近なかかりつけ行政書士・弁護士・司法書士などの専門家に依頼するのが一般的です。 - 受託者のリスク・信頼性
受託者が誠実に管理しない場合、財産が流用される危険もゼロではありません。そこで、受託者は複数人を設定する、信託監督人を置くなど、チェック体制を整えることが望ましいでしょう。
5.将来への備えとして「任意後見+家族信託」の併用も検討
任意後見契約は、将来の判断能力の低下に備えて「身上監護(介護施設への入所契約や病院とのやり取りなど)を誰にやってもらうか」を決めておく意味でも有益な制度です。しかし、詐欺防止という点では即効性が弱いのが難点でした。
そこで、独居の母親の振り込め詐欺被害を最小化するには、以下のような組み合わせを考えることもできます。
- 日常的な対策
- 家族や地域の見守りサービスを活用し、母親への連絡状況を常に把握する。
- 振り込め詐欺防止機能付きの電話機・サービスを導入する。
- 家族信託で財産を管理・隔離
- 不動産と一定額以上の預貯金を信託口口座へ移す。
- 生活費は毎月定額を母親のもとへ渡し、それ以上の出金は受託者が承認しないとできないようにする。
- 任意後見契約で将来の身上監護を確保
- 認知症が進んで通院や介護施設契約が必要になったとき、任意後見人がきちんと動けるよう準備しておく。
- 家族信託と同時に設計しておけば、財産管理と生活サポートの両面をカバーできる。
6.まとめ:独居の高齢母親を詐欺から守るには
- 任意後見契約は将来の安心だが、いま現在の詐欺対策にはやや弱い
判断能力が「まだ残っている」とされる間は任意後見が開始されず、母親自身がキャッシュカードを使えばお金を引き出せてしまう。 - 家族信託は財産の隔離効果が高く、詐欺防止に有効
名義を受託者に移し、受託者が管理することで母親が自由に大金を動かせなくなる。その分、契約の設計や信託の登記など、専門家への依頼が必要。 - 物理的・日常的な対策も重要
通帳やカードを預かる、特殊詐欺防止機能付き電話を導入する、警察・自治体の見守りを活用するなど、日々の対策が欠かせない。 - 併用がベストケース
将来の身上監護は任意後見契約で備え、現在の詐欺対策は家族信託や日常的見守り対策で固める。状況に応じて法定後見の可能性も視野に入れる。
7.あとがき
独居の高齢の母親に振り込め詐欺の電話がかかってくるケースでは、「どうすればもう二度と騙されないか」 が最大の関心事でしょう。ところが、任意後見制度だけでは必ずしも「すぐに」財産を守れるわけではありません。むしろ、「母親名義の大金が簡単に引き出せる状態を改める」という観点から、家族信託の導入を含めた総合的な対策を考える必要があります。
詐欺被害を減らすには、家族や地域が連携してこまめに様子を見守ること、振り込め詐欺対策の電話機やサービスを導入して物理的に詐欺電話をシャットアウトすることも大切です。加えて、将来の認知症リスクや財産管理の問題を総合的に見据えるなら、任意後見契約も検討し、必要に応じて家族信託をセットで設計していくと安心感が高まるでしょう。
なによりも重要なのは、母親本人が自分の財産管理について理解し、納得したうえで対策を講じることです。強引に通帳やカードを取り上げたり、本人の意思を無視して一方的に契約を進めたりしては、親子間の信頼関係を損ない、かえって逆効果となる場合もあります。ぜひ、身近なかかりつけ行政書士・弁護士・司法書士などの専門家を交えながら時間をかけて打ち合わせを行い、ご家族に合った最適な手段を探っていただければと思います。
独居の高齢者を取り巻く環境は年々厳しくなっています。詐欺から大切な家族を守るためにも、ぜひ早めの段階で多面的な対策を検討してください。自立を尊重しつつ、安全な暮らしを確保するための方法は多岐にわたります。将来にわたって安心して暮らせるよう、今回ご紹介した制度や手法も含めて、前向きに活用していただければ幸いです。