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【はじめに】
信託とは、自分(委託者)の財産を信頼できる相手(受託者)に託し、受託者がその財産を特定の目的や受益者の利益のために管理・運用する制度です。日本においては信託法という法律が整備されており、信託契約の締結方法や信託できる財産の範囲、分別管理義務といったルールが定められています。

しかし、いざ「信託を利用してみたい」と思っても、「どのような財産が信託の対象になるのか」「信託した財産は一体誰のものとして扱われるのか」「預貯金や不動産はどうやって信託財産にするのか」など、多くの疑問が生じることでしょう。そこで本記事では、信託制度を初めて学ぶ方や、実際の活用を検討している方に向けて、信託の対象となる財産の範囲や、信託財産の帰属・管理方法などを分かりやすく解説していきます。


1.どんな財産を信託できるのか?

まず、信託の対象になり得る財産は非常に幅広いとされています。原則として金銭的価値が認められるものならば、ほぼすべてが信託の対象に含まれるからです。具体的な例としては、次のようなものが典型的に挙げられます。

  • 現金
  • 自動車や機械などの動産
  • 不動産(土地・建物など)
  • 株式や有価証券
  • 他人に対する債権(賃料支払い請求権など)
  • 特許権や商標権、著作権といった知的財産権
  • 動物(ペット)(法律上は「動産」の一種とされる)

このように、動産・不動産のほか、形のない権利に至るまで、財産的価値が認められるものは全般的に信託財産となり得ます。しかしながら、ここには例外や注意点があります。以下では、その代表的なポイントをいくつか確認してみましょう。


1-1.注意が必要な財産の例:上場株式

信託したい株式が上場株式(証券取引所で公に売買されている株式)の場合、株式取引自体は通常「証券会社」や「金融機関」を通じて行われますが、必ずしも証券会社が「信託対象」となる株式の取り扱いに対応しているとは限りません。要するに、上場株式を信託に含めるための手続きを証券会社が想定しておらず、実務上は対応してもらえないケースが生じる可能性があるのです。

これは、証券会社のシステムが「株式を個人の名義で保有し、個人の売買注文を代行する」という前提で作られているため、「信託財産として取り扱う場合の事務手続き」まで想定されていないことが理由として挙げられます。したがって、上場株式を信託に含めたい場合には、あらかじめ証券会社に相談し、どのような手続きが必要か確認するとよいでしょう。


1-2.他人に対する債権の信託

「人に貸しているお金(貸金債権)」や「不動産・建物の賃料支払い請求権」なども、財産的価値があるため、信託の対象とすることが可能です。たとえば、不動産のオーナー(貸主)が、借主に対する賃料の支払い請求権を信託することで、受託者に代わりに賃料を回収してもらい、それを受益者の利益のために使うことができます。

このように債権も信託の対象になり得ますが、実際に手続きを進める際には、債権者の地位が受託者に移ることや、借主・債務者への通知が必要になってくる場合があるため、慎重に取り扱う必要があります。


1-3.知的財産権の信託

特許権、商標権、著作権などは、形がない財産ですが、十分に財産的価値を有する権利です。これらも信託できると明示されています。ただし、実際の手続きや、第三者への権利行使(例えばライセンス契約など)をどのように行うかは、事前に十分な検討を行うことが重要です。


1-4.動物(ペット)の信託

犬や猫などのペットは「生き物」ですが、法律上は動産に分類されるため、原則として信託の対象に含めることができます。飼い主が亡くなった後もペットが健全に世話を受けられるよう、ペットを信託の対象として扱い、「ペットに関する管理費の支払い」「動物病院代を確保するための預金」などを信託財産として同時に託すことも考えられます。一見すると違和感があるかもしれませんが、ペットを「財産として捉える」考え方は法的な分類上やむを得ない面があるのです。


2.信託できない財産とは?

次に、信託することができない財産についても確認しましょう。これは大きく分けると、以下のようなケースになります。

  1. 財産的価値が認められないもの
    • 人の生命、身体、名誉などは、金銭的価値では測れない権利・利益です。そのため、信託の対象には含められません。
  2. プラスの財産ではなくマイナスの財産(債務)
    • たとえば「A5がBから500万円を借りている」というように、AがBに対して負っている貸金債務は「マイナスの財産」にあたります。こうした債務は信託の対象にすることはできません。
  3. 一身専属的な権利
    • その人の死亡によって当然に終了する権利(例:年金受給権など)は、受給者本人以外に主張することができないとされるため、信託の対象とはなりません。受給者が亡くなれば権利は消滅するので、これを他人に託して管理・処分してもらうという構造が成り立たないからです。

3.信託財産は誰に帰属するのか?

信託契約を締結すると、受託者は委託者から託された財産を、受益者の利益のために管理・運用する義務を負います。ここで疑問となるのは、「信託された財産は委託者の所有から離れた後、受託者のものとして完全に扱われるのか?」という点です。

3-1.分別管理義務とは?

信託法では、受託者に対して信託財産を分別管理する義務を課しています。これは、受託者が管理する財産と自分自身の固有財産を混同させず、きちんと区分して管理することを義務づけるものです。つまり、

  • 信託財産=受益者の利益のために管理すべきもの
  • 受託者固有財産=受託者自身が自由に処分できるもの

という区別を明確にする必要があります。

もし受託者が破産した場合、受託者固有の財産は債権者への返済に回されますが、信託財産は受託者の破産財団に含まれず、守られるという効果が生じます。これが分別管理義務の最も大きなメリットの一つです。受託者が自分の財産に「信託財産」を勝手に混ぜ込んでしまうと、受託者が債務超過になった際に信託財産まで差し押さえられてしまうかもしれません。しかし信託法上、受託者には混同を禁じる義務があるため、受益者の利益が守られやすいわけです。


4.不動産や預貯金を信託財産とした場合の扱い

信託財産として特に多く見られるのが、不動産や預貯金です。これらが信託財産となった場合、具体的にどのように取り扱われるのかを見ていきましょう。

4-1.不動産の場合

信託契約が結ばれた場合、その不動産の名義は受託者へ移転することになります。不動産登記の移転手続きの際には、登記原因として「信託」である旨を明記し、登記上も「この不動産は信託財産である」ことがわかるように処理します。

ここで先に述べた「信託財産は受託者のものではない」という説明と矛盾するようにも思えるかもしれませんが、あくまで「登記名義が形式的に受託者に移る」だけです。受託者は、自分の財産として自由に処分する権限を持っているわけではなく、「信託の目的に従って管理・処分を行う」という限定された権限を有しているにすぎません。その点は分別管理義務の原則によって担保されます。


4-2.預貯金の場合

預貯金を信託する場合は、不動産とは異なり、名義変更が容易ではないという難しさが存在します。銀行などの金融機関は、口座名義人を安易に第三者へ変更することを認めていないからです。

したがって、通常は以下のような方法をとります。

  1. いったん委託者が口座から預金を払い戻す
  2. 払い戻した現金を受託者に渡す
  3. 受託者が分別管理をしながら資金を運用する

しかし、この方法だと現金をそのまま受託者に預ける形になるため、分別管理義務の点で問題が生じる可能性があります。例えば、受託者が管理方法を誤ったり、受託者自身の資金と混同してしまったりするリスクがあるのです。

そこで実務上は、受託者名義で「信託口座」を開設するという方法が用いられます。金融機関によっては対応している場合もあり、信託契約書を提示するなど所定の手続きによって、受託者が「信託口座」と明示された口座を新しく作り、そこに資金を保管する仕組みです。これにより、「これは受託者固有の財産ではなく、あくまでも信託財産である」という区別が第三者からも明らかになります。


5.信託財産を追加できるか?

信託契約後に、「思ったよりも当初の信託財産では目的を達成できない」「新たに資金を足したい」といった事情が生じる場合があります。そんなとき、委託者が追加で財産を信託することは可能なのか?という疑問が出てきます。

結論としては、原則的に委託者・受託者・受益者の合意があれば、信託財産の追加は認められます。例えば、すでに開設している信託口座に追加で資金を振り込むことで、信託財産を増やすことが考えられます。ただし、元々の信託契約の内容によっては、追加できるかどうかが明確でない場合もあるため、契約締結時から「将来的に信託財産を追加することを想定」して条項を盛り込んでおくとスムーズです。


6.まとめ

  • 信託できる財産の範囲は非常に広い
    現金や不動産、動産、有価証券、債権、知的財産権、さらにはペットなども法律上は信託の対象に含まれます。ただし上場株式のように、手続き上の制約や対応してくれる機関の問題で、実務上は困難なケースもあるため、事前の確認が重要です。
  • 信託できない財産もある
    人の生命や身体、名誉などの「財産的価値で測れない権利・利益」は信託の対象外です。また、マイナスの財産(債務)や一身専属的な権利(年金受給権など)も信託できません。
  • 信託財産は受託者のものではない
    受託者には「分別管理義務」があり、信託財産は受託者の固有財産とは厳密に区別されます。受託者が破産しても、信託財産は債権者への返済に充てられません。
  • 不動産や預貯金を信託する場合の注意点
    不動産は名義を移転し、登記で「信託」だと明確にする必要があります。預貯金は名義を第三者に変更するのが難しいため、「信託口口座」を開設するなどの方法が用いられます。
  • 信託財産の追加も可能
    委託者・受託者・受益者の合意があれば、信託契約後に追加で財産を組み入れることができます。あらかじめ契約書に追加可能な旨を定めておけばスムーズに対応できます。

【おわりに】
信託は、高齢社会や相続対策のニーズの高まりを背景に、近年ますます注目されている仕組みです。自分の大切な財産をどう管理し、誰のために使っていくのかを明確にするうえで、信託は強力な手段となります。ただし、その分ルールが複雑で、実務上の手続きにもさまざまな制約があります。上場株式を含めるかどうか、不動産や預貯金をどのように信託財産として管理するか、一身専属的な権利は信託できるのか、など疑問点も多いでしょう。

実際に信託を検討する場合には、必ず専門家(行政書士、弁護士・司法書士・税理士・信託会社など)に相談することをおすすめします。特に重要な財産を託す以上、契約書の作成や手続きには慎重さが求められます。この記事が、信託制度の概略をつかむための一助となれば幸いです。