はじめに
火災から人命や財産を守ることは、あらゆる建物・施設を運営するうえで欠かせない責務です。特に、多数の人が利用する大規模店舗やオフィスビルなどにおいては、万が一火災が起きた際に迅速かつ適切に対応する体制を整える必要があります。そこで消防法(昭和23年法律第186号)が定めているのが「防火管理制度」です。
この制度では、建物の用途と規模により、防火管理者という専門的な知識・権限を有する担当者を選任することを義務付け、消防計画の作成や定期的な点検や訓練を実施してもらうことで、火災予防や被害の軽減を図ります。本記事では、防火管理者を選任する際の単位や資格要件について、詳しく解説いたします。
1. 防火管理者の選任単位について
1-1.管理権原者による選任
消防法第8条では、防火対象物(建物等)の管理権原者が、防火管理者を選任することを義務付けています。ここでいう「管理権原者」とは、その建物や施設の管理上の最終的な責任を負う立場の人のことです。具体的には、ビルのオーナーやテナント事業者の代表者などが該当します。
防火管理者は、管理権原者ごとに選任する必要があります。ビル全体の管理を一括して行うのか、各階あるいは各テナントごとに管理権原者が異なるのかといった区分によって、防火管理者の選任単位も変わってきます。万が一、管理権原者自身が防火管理講習を修了するなど、資格要件を満たしている場合は、管理権原者がそのまま防火管理者になることも可能です。
1-2.選任義務と届け出
防火管理者を選任した際は、所轄の消防署等に届出が必要とされています。もし防火管理者が不在のまま建物を使用し続けると、消防法違反として罰則を受ける可能性もあるため、適切に選任・届け出を行うことが非常に重要です。
2. 防火管理者の資格要件
防火管理者には大きく分けて、
- 職務的要件(管理的・監督的地位)
- 知識・技術的要件(甲種・乙種の区分など)
の2つを満たす必要があります。ここではそれぞれについて詳しく見ていきましょう。
2-1.職務的要件
(1) 管理的・監督的地位とは
消防法施行令第4条の2などによると、防火管理者は建物等の防火対象物において、防火管理上必要な業務を適切に遂行できる「管理的または監督的な地位」であることが求められます。この地位の有無を判断するポイントとしては、防火管理業務に関する指示や調整をある程度自主的に行える立場かどうかが挙げられます。
たとえば大規模事業所の場合は、役員や総務担当部課長、管理担当部課長、総支配人などが該当しやすいとされています。一方、小規模事業所であれば、社長や役員、事務長、店長などが該当するケースが多いでしょう。要するに、消防計画の作成・実施や訓練計画の策定を実務レベルで進められる人である必要があるのです。
(2) 判例から見る「管理的地位」
有名な判例として、大洋デパート火災(最判平成3年11月14日)があります。この判例では、「企業内組織において消防法8条1項に定める防火管理業務をすべて自己判断のみで実行できる地位」である必要まではないとされています。必要に応じて上位の管理権原者に指示を仰いだり、他部署の協力を得ながら業務を遂行できる程度の権限があれば足りるというのが判例の趣旨です。
つまり、「防火管理者=建物管理のトップ」である必要はなく、ある程度の裁量と実行力をもつ管理・監督者であれば資格要件を満たすと解釈できます。
2-2.知識・技術的要件
(1) 甲種防火管理者と乙種防火管理者
知識・技術に関する要件としては、消防法および関連政令等により、甲種防火管理者と乙種防火管理者の二種類が定められています。
- 甲種防火管理者: 不特定多数の人が利用する大型店舗やホテル、病院など、多くの人命や財産に影響を及ぼす可能性が高い防火対象物の場合に選任が必要。
- 乙種防火管理者: 比較的小規模な物件や、リスクが比較的低い建物の場合に認められる。
(2) 甲種防火管理者の取得条件
甲種防火管理者として認められるには、以下のようなケースがあります。
- 甲種防火管理講習の修了者
都道府県知事等が実施する「防火対象物の防火管理に関する甲種講習」を修了した方。 - 学識経験者
指定された大学や専門学校で防災関連の学科・課程を修めて卒業し、1年以上の防火管理経験を有する、あるいは市町村の消防職員として1年以上管理的職にあった方など、一定の公的資格や経歴を持つ方が該当します。 - その他専門資格者
危険物保安監督者や防火対象物点検資格者、安全管理者、建築主事、1級建築士で1年以上の防火管理実務経験がある者など、多岐にわたります。また、国・都道府県の消防事務職員や警察官などで管理的地位の経験が一定期間ある場合も該当します。
(3) 乙種防火管理者の取得条件
乙種防火管理者は、基本的に「乙種防火管理講習を修了した者」が要件となります。甲種よりも要件は緩やかですが、大規模施設や不特定多数が利用する建物では乙種防火管理者ではなく甲種の選任が必要となる点に注意が必要です。
3. 防火管理者選任の実務的ポイント
3-1.テナントビルの場合
テナントビルでは、ビルオーナーと各テナントの管理権原がどのように分割されているかがポイントです。ビル全体を通じてオーナーが管理権原を有しているなら、オーナー側で防火管理者を選任して全体の防火管理を統括する場合が多いです。一方、各テナントが独自に管理権原を持つ場合は、テナントごとに防火管理者の選任が必要になることもあります。
3-2.実際の手続きと届出
防火管理者を選任したら、所轄の消防署に「防火管理者選任届」などを提出します。また、その後に人事異動などで防火管理者が変わる場合には、速やかに変更届を出さなければなりません。
届出書には、防火管理者の資格要件を証明する修了証や免状のコピーなどを添付するのが一般的です。なお、施設によっては防災管理者(消防法第36条)との選任が重複する場合もあるため、両制度を整理して対応する必要があります。
3-3.継続的な防火管理体制の維持
防火管理者を選任しただけでは不十分です。定期的な消防訓練や避難経路の点検、消防設備の確認、消防計画の見直しなど、防火管理者が中心となって継続的に防火管理体制を維持・向上させることが求められます。特に、建物の利用形態が変わったり、改装工事が行われたりした場合は、必ず防火管理者が対応しなければならない事項が発生します。
4. まとめ:防火管理者に必要な2つの要件
- 職務的要件
- 防火管理対象物において、防火管理上必要な業務を遂行できる管理的または監督的な地位にあること。
- 自分一人だけで全決定をする必要はないが、他部署や上位管理権原者と調整しながら進められる実行力が求められる。
- 知識・技術的要件
- 都道府県知事等が行う「甲種・乙種防火管理講習」を修了した者、もしくは学識経験者や危険物保安監督者、防火対象物点検資格者などとして一定の要件を満たす方。
- 不特定多数が利用するリスクの高い建物では、より専門性の高い甲種防火管理者の選任が必須となる。
これらを満たす人を適切に選任し、消防署へ届け出ることで、法令遵守はもちろん、建物利用者の安全を確保できるようになります。
5. 防火管理のご相談は専門家へ
防火管理者選任や届出の手続きは、建物の規模や用途、所有形態などによって複雑化しやすい領域です。特に、大規模事業所や複数テナントが入るビルの場合、管理権原の所在を明確にし、甲種防火管理者か乙種防火管理者かを判断するだけでも混乱するケースが少なくありません。
そこで、防火管理に精通した行政書士などの専門家に相談することをおすすめします。防火管理者の資格確認や必要書類の準備、所轄消防署への届出書作成など、スムーズに対応してくれるでしょう。
6. おわりに
火災は一度発生すると、人的被害や財産被害が甚大になる場合があります。建物の管理者や事業者としては、事前にできる限りリスクを下げる体制づくりが社会的責務といえます。**「防火管理者の選任をどうするか」「どの資格のある人を配置すべきか」「誰が管理権原者にあたるのか」**などをしっかりと検討したうえで、防火管理上のルールを遵守しましょう。
また、防火管理体制は一度構築したら終わりではなく、継続的にブラッシュアップすることが大切です。もし人事異動や組織再編などで体制に変化があれば、改めて防火管理者の職務や権限を確認し、必要に応じて講習を受けるなどのステップを踏んでください。
防火管理者制度を正しく運用することで、万が一火災が起こってしまった際にも、落ち着いた対応と被害の最小化が期待できるはずです。
東京都世田谷区北烏山4-25-8-401
防火管理者の選任や防火管理計画の作成、届出代行などに関してお気軽にご相談ください。
火災予防はもちろん、法的な手続き面でもサポートいたします。
防火管理体制をしっかり整え、安心で安全な建物運営を目指しましょう。