以下では、「防火管理者の選任が必要となる建物(防火対象物)の収容人員と用途」について、消防法令の区分に即した解説をまとめます。建物ごとの用途や収容人員によって、どのような条件で防火管理者の選任が必要となるのかを知っておくことは、管理権原者やビルオーナー、テナント事業者にとって非常に重要です。消防法は建物を「特定防火対象物」「非特定防火対象物」に分け、その用途と収容人員を基準に選任義務の有無を定めています。この記事では、具体的な用途区分や人員要件のほか、管理権原者と防火管理者の関係などについても詳しくご紹介します。
1. 防火管理者選任の基本
消防法第8条に基づき、「防火管理者を選任しなければならない建物」があります。防火管理者は火災予防や訓練、設備点検など、防火管理上の重要な職務を行う責任者です。
建物を所有・使用または管理する者(管理権原者)が、防火管理者を選任する義務を負います。もし選任対象の建物で防火管理者が不在となると、消防法令違反として罰則を受ける可能性もあります。そのため、建物の用途や規模を正確に把握し、いつどの段階で防火管理者を選任する必要があるか、早めに確認することが大切です。
2. 収容人員による判断
「建物全体での収容人員」が、防火管理者選任の必要性を左右する重要な基準になります。収容人員とは、建物の用途や構造上、最大何人が同時に利用できるかを算出したものです。
たとえば、複数フロアにわたるテナントビルの場合は各テナントの利用人数を合計することが必要となります。管理権原者やビルオーナーが明確に把握し、消防署に提出・相談すると、収容人員を正確に見積もりやすくなります。
3. 特定防火対象物と非特定防火対象物
3-1.特定防火対象物
特定防火対象物とは、不特定多数の人が出入りする施設や、要介護高齢者・障害者など避難行動が困難な方を主に受け入れる施設など、火災発生時に危険が大きい用途の建物を指します。劇場や映画館、キャバレー、病院、老人ホームなどが該当し、火災が起きた場合の避難リスクが高いことが特徴です。
特定防火対象物のなかでも、用途によって「収容人員が10人以上」の場合や「30人以上」の場合に分かれており、それぞれで防火管理者の選任義務の発生条件が異なります。
3-2.非特定防火対象物
一方の非特定防火対象物とは、主にオフィスビルや工場、学校など、不特定多数が利用する施設ではない建物を指します。ただし、オフィスや工場でも、人が多く集まって働いている場合は火災リスクが高まり得るため、消防法上の規定で収容人員が50人以上になると防火管理者の選任が必要になります。
非特定防火対象物の場合は、特定防火対象物ほど厳格ではないものの、ある程度以上の人員が集まる際は防火管理体制を整えなければならないのがポイントです。
4. 特定防火対象物における収容人員要件
4-1.収容人員10人以上で選任義務が生じる用途
下記の用途は、収容人員が10人以上になると防火管理者の選任が必要です。
- (6)項 ロ
- 老人短期入所施設、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム(避難が困難な要介護者を主として入居させるもの)、有料老人ホーム(避難が困難な要介護者を主として入居させるもの)
- 救護施設
- 乳児院
- 障害児入所施設
- 障害児支援施設、短期入所施設、共同生活援助施設(避難が困難な要介護者を主として入居させるもの)
- (16)項 イ
(6)項ロに挙げた用途を含む複合用途防火対象物 - (16の2)項
地下街のうち、一部に(6)項ロの用途が含まれる場合
これらは要介護高齢者や障害を抱える方が利用する施設が中心で、避難行動の支援が必要なケースが多いため、収容人員が10人以上と比較的少人数でも防火管理者の選任が求められるわけです。
4-2.収容人員30人以上で選任義務が生じる用途
次に、収容人員が30人以上となると防火管理者の選任が必要となる特定防火対象物は以下のとおりです。
- (1)項 イ、ロ:劇場、映画館、演芸場、観覧場、公会堂、集会場
- (2)項 イ、ロ、ハ、二:キャバレー、ナイトクラブ、遊技場、ダンスホール、性風俗関連特殊営業など
- (3)項 イ、ロ:待合、料理店、飲食店
- (4)項:百貨店、マーケット、物品販売店舗、展示場
- (5)項 イ:旅館、ホテル、宿泊所など
- (6)項 イ、ハ、ニ:病院、診療所、老人デイサービスセンター、更生施設、保育所、幼稚園、特別支援学校 等
- (9)項 イ:蒸気浴場、熱気浴場 など
- (16)項 イ:複合用途(ただし(6)項、(16の2)項を除く特定用途が含まれる場合)
- (16の2)項:地下街(ただし、その一部に(6)項ロの用途部分が含まれるものを除く)
観客や利用者が多く集まる娯楽施設や商業施設、宿泊施設、医療機関などが中心です。火災時に混乱や多数の負傷者が出る可能性が高いため、収容人員30人を超える段階で厳格な防火管理体制を整えることが求められます。
5. 非特定防火対象物における収容人員要件
5-1.収容人員50人以上で選任が必要な用途
非特定防火対象物の場合は、収容人員が50人以上になると防火管理者の選任義務が生じます。具体例としては次のとおりです。
- (5)項 ロ:寄宿舎、下宿、共同住宅
- (7)項:学校
- (8)項:図書館、博物館、美術館 など
- (9)項 ロ:公衆浴場(蒸気浴場やサウナは除く)
- (10)項:車両の停車場、船舶・航空機の発着場
- (11)項:神社、寺院、教会
- (12)項 イ、ロ:工場、作業場、映画スタジオ、テレビスタジオ
- (13)項 イ、ロ:自動車車庫、飛行機の格納庫
- (14)項:倉庫
- (15)項:上記以外の事業場
- (16)項 ロ:複合用途防火対象物((16)項イ以外)
- (17)項:重要文化財等
オフィスや工場、学校、倉庫などは特定防火対象物ほど不特定多数の人が集まるわけではありませんが、大人数の職員や学生が常時出入りする場合は火災時の被害拡大が懸念されます。そのため50人以上で選任義務が発生する仕組みです。
6. 管理権原者と防火管理者の関係
消防法では、建物を管理する「管理権原者」が防火管理者を選任し、所轄消防署に届け出ることが定められています。管理権原者とは、建物全体について最終的な管理・運営責任を負う立場のことを指します。テナントビルの場合はビルオーナーが管理権原者となることが多いですが、区分所有や事業内容によってはテナントごとに管理権原者が分かれるケースもあります。
6-1.選任の流れ
- 建物の用途と収容人員を確認
複合用途の場合は各テナントの人数や利用形態を合算し、「特定防火対象物」か「非特定防火対象物」かを判定します。 - 防火管理者が必要な場合、資格要件を満たす人材を選ぶ
甲種防火管理講習修了者や乙種防火管理講習修了者など、消防法令で定められた知識・技術的要件を満たし、かつ建物における管理的・監督的地位にある者を選任します。 - 所轄消防署に「防火管理者選任届」を提出
この届出によって正式に防火管理者が登録され、各種点検や訓練計画の策定などを開始します。
6-2.防火管理者が行う主な業務
- 防火対象物点検の実施
消火器や自動火災報知設備等の点検、避難経路や非常口の確認 - 避難訓練や消防訓練の計画・実施
建物の利用者や従業員が火災時に迅速に避難できるよう訓練 - 防火管理計画の作成・更新
建物の特性を踏まえた防火計画を立案し、適宜見直す - 消防署への各種手続き対応
変更届や点検結果の報告など、法令遵守のための書類作成
7. まとめ
- 特定防火対象物か非特定防火対象物か
- 特定防火対象物は、(6)項ロ等の要介護者施設では収容人員が10人以上、劇場や映画館などでは30人以上で防火管理者選任義務。
- 非特定防火対象物は、収容人員が50人以上で防火管理者選任義務。
- 建物全体の収容人員で判断
- 各フロア・各テナントの人数を合算し、所轄消防署などと確認しながら判定する。
- 管理権原者が防火管理者を選任
- 管理権原者とは建物全体を管理・運営する最終的責任者であり、テナントビルの場合はオーナーやテナントの専用部分については、テナントの代表者が該当するケースが多い。
- 防火管理者の役割
- 消防訓練や設備点検、避難計画の策定など、防火安全対策の実務を担う。
- 所轄消防署への届け出や報告等も含め、火災予防の要となる存在。
いずれのケースでも、収容人員や建物用途の変化があった場合には改めて確認を行い、防火管理体制を見直すことが必要です。増床や改装に伴い収容人数が増えると、選任義務の対象へと切り替わる可能性があります。
8. おわりに
火災は発生すると大きな被害をもたらし、場合によっては人命に直結する重大な事態となります。そのため消防法令では、「防火管理者の選任が必要な建物(防火対象物)」を厳格に定義し、用途・収容人員の組み合わせによって選任基準を定めています。
建物を管理する方は、まず自分の建物が特定防火対象物か非特定防火対象物か、そしてどの収容人員区分に該当するかをしっかり確認しましょう。誤って「自分のところは該当しない」と思い込んでいると、消防法に違反してしまうリスクがあります。
もし防火管理者選任の要否に迷われたときや、収容人員の算出方法がわからない場合は、所轄の消防署に問い合わせるか、あるいは防火管理に精通した専門家(行政書士・消防設備士等)に相談されると安心です。正しく制度を理解し、適切な防火管理体制を築くことで、火災リスクに備えた安全な環境を維持できるでしょう。
行政書士 萩本昌史事務所 東京の消防防災届出支援ステーション
〒157-0061 東京都世田谷区北烏山4-25-8-401
防火管理者の選任や届出書類作成、消防計画の作成サポートなど、防火管理に関するご相談を幅広く承っております。
「建物の用途や収容人員の確認をしたい」「複合用途ビルを所有しているが、どこまでが特定防火対象物にあたるか不明」など、お困りの際はお気軽にお問い合わせください。
皆様の安全・安心のために、適切な防火管理体制を整えていきましょう。